前回はテニスのことを書きましたが、今回も・・・
なぜか、好きになれないアルカラスのドロップショットです。
では、なぜ、アルカラスのドロップショットが好きになれないのか?
その前に、私は日本人なので、日本人特有の文化を重んじる価値観をもっています。
なので、テニスの試合でドロップショットをするのは、苦肉の策というか、やむを得ないときに使うテクニックだと思っています。
ということで、今回はアルカラスのドロップショットは好きになれないというテーマで進めてゆきたいと思います。
過剰にドロップショット仕掛ける行為は禁じ手では

もちろん、テニスの試合でドロップショットを使うことはルール違反ではありません。
でも、冒頭に書いたように、過剰にドロップショットを仕掛ける行為は禁じ手だと思っています。
これは、私が思っていることなので、他国など、通じないことだと思います。
繰り返しますが、テニスの試合でドロップショットを仕掛けるのは、苦肉の策というか、やむを得ないときに使うテクニックだと思っています。
なので、ドロップショットを仕掛けた選手は片手を上げて挨拶をします。
これは、相手への敬意やフェアプレーの精神を示すサインです。
コートボールになってしまったときもサインを送りますね。
私はこれがふつうだと思います。
ところが、過剰にドロップショットを仕掛けてドヤ顔をするアルカラスが好きになれないのです。
酷いときは、リターンボールでドロップショットを仕掛けてきます。
アルカラスと言えば、世界ランキング1位か2位なので、もうそろそろ、ドロップショットで勝とうなんて思ってほしくないと思うのですが・・・
でも、絶大な人気があった、引退したフェデラーもドロップショットをしますが、なぜか、禁じ手とは思わないのですね。
まとめ
今回はアルカラスのドロップショットは好きになれないという内容でした。
スポーツの世界は勝ち負けなので、「勝ちさえすればいい」ということです。
でも、日本人はヨーロッパやその他の国の人と比べて生活文化の違いがあります。
例えば、家に入る際に靴を脱ぐ習慣、食器を持ち上げて食べる習慣、伝統文化の例では、茶道、華道、武道、歌舞伎、能楽、書道などがあります。
これって、すべて「道」があるということです。
その「道」には日本人の精神性や自然との調和を重んじる価値観を反映しています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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